こんにちは、齋藤です(プロフィールはこちら)
気づいたらシリーズ化しちゃってた「僕が美容室開業してからやってきたこと」ですが、この記事で終わりです
転売→美容師向けのセミナー→サイトアフィリ→FXという変遷をたどってきたわけですが、最後に行き着いたのが今やってるこのブログであり、情報発信やコンテンツビジネスと呼ばれるものです
今日は僕がコンテンツビジネスに惹かれた理由をシェアしたいなと思います。
以前は情報やコンテンツを発信していくのは、僕のような専門職をやっている人、本を書いたり芸能活動をしている人だったわけですが、ネットが発達した今はそうではありません
ネット起業家と呼ばれるインターネットを主戦場として起業する人やインフルエンサーと呼ばれる「個人のライフスタイル」を発信する人たちが現れ、なにげないSNSの投稿がバズったりする時代となりました
グーグルで検索をかければ様々なサイトが出てきて大抵の悩みは解決するし、専門書以上の知識を学ぶことだってできます
情報や知識を発信する価値がドンドン急騰しているのです。
2極化という単語は色んな所で聞きますが「発信できる人とできない人」で2極化するのは間違いありません。てゆうかもうなってます
発信ができる人には「人、モノ、金、情報」が集まってきます
資本主義で必要なものはすべて集まってくるわけです。
地球では資本主義というルール内で生きる事を強いられるので、資本主義というものの中で快適に生きたいのであれば「発信ができる人になる」ということができなければお話になりません
そして、もう1つ重要なポイントがあります。
それはこれからは「物質に価値がなくなる」ということです
これは色んな方面から言えることですが、わかりやすい例でいうとミニマリストや若者の○○離れという言葉です
モノがあふれるこの時代、物質の価値は低くなりました。昔であれば家、車、ブランド物、が人気でしたが、今は昔ほどの所有欲もありません
金がないから買えないというケースもありますが、あってもさして欲しくならないのです。事実、僕は年収800万になってもさして物欲はなく、モノがいつでも変える状況に幸福感はありませんでした。
物質に価値がないのであれば、何に価値があるのか?
僕は精神的充足感に価値がある時代になったと思っています。物質文明から精神文明へ。
時代は繰り返すといいますが、物質文明バリバリのアメリカ人が精神文明のインディアン達をぶっ殺しまくって物質文明に染まったように、今や物質文明が一巡し精神文明が人々の心でくすぶってきているのが現代ではないかと。
僕らはインディアンのように精霊と交信したりはしませんが、精神的な充足感を得るという意味では同じです
僕ら現代人が精神的充足感を得る方法は大きくわけると2つです
・他人との関わり
・自分がやりたいことをする
精神的充足感を得るために、インスタ蝿などを筆頭にSNSでマウントをとるのが庶民なわけです
しかし僕らはこーいう低いレベルで充足感を満たしてはいけません。これでは資本主義のブタのままです。高いレベルで精神的充足感を手に入れつつも、資本主義のブタから脱しないといけないわけです
自分がその時やりたい事をしつつ、他人と関わり、人、モノ、金、情報が集まってくるようにならなければいけないということです
このどれか1つでも欠ければ、不幸な人生と言ってしまってもいいかもしれません。
これらを手に入れるには「個人で稼ぐ力」がないと、にっちもさっちもいかないのです
ここまでの話が理解できたのであれば、情報発信をやる必要性がいかに高いか?庶民の希望の星なのか?を理解していただけたのではないでしょうか?
時流に合っている、パソコンとネット環境さえあれば始めることができる情報発信は「個人で稼ぎ、精神的充足感を得る」にあたってもっとも効率的なわけです
というわけで、この記事では1つのモデルケースとして、僕が情報発信を始めるまでの過程をシェアしていこうかなと。
開業して1年・・・美容師がおもんないことに気づく
色々やったあげく投資にいきついた僕ですが、当初は美容室をやりながら投資をしようと考えてました
これは今でも思ってますが「ビジネス+投資」が最強だからです
しかし、これは想定外でしたが美容師があまりにもおもしろくないし、美容室経営というビジネスの脆弱さを身をもって感じたのです。
僕の開業する理由は「1人営業の美容室を経営して金持ちになりたい」でした
それがゴールになっていたもんですから、開業して売上を上げ切ってしまったらもうそこで終わりなわけです。ゲームでいうと全クリであり、2周目をするほど名作なわけでもありません
しかも開業前に思っていた金持ちが、そうではないことになってみて気づきます。
年収600万超えるともらってるほうと言われるのが日本ですが、それなら800くらいあれば十分だろうと僕は考えました。でも年収800万はまったく金持ちではありません、実質は最低ラインです
客のカジュアルな理由のキャンセルで売上の1/3がカジュアルになくなるのもなかなかにツライですし、美容師の醍醐味であるヘアデザインも髪質が邪魔でまともにできません
美容師は大衆ビジネスなわけですが、客は美容師にべったり依存してきます。ほとんどの人が自分の努力なんて1ミリも頭にありません。何らかの問題はすべて美容師のせいにします
いわゆる情弱脳であり、情弱相手のビジネスとは楽しくなく儲からないものです。大衆ビジネスとはどうしてもそういう性質を持ってしまいます。それでも全力でやれるのが1流の美容師なのでしょう。
僕にはその器はなかったし、美容師を続ける理由もないのです
そして美容師をやめるために、転売→美容師向けのセミナー→サイトアフィリ→FXとたどってきたのは先に書いたとおりです。
労働者は資本主義のブタ
僕がこれまでやってきたことは労働だったわけです
美容室開業した時は金しか見ていませんでした。次に「金と時間」という尺度で見るようになりました
数年間、悩みに悩むと現時点での自分は何を求めているのか?が見えてきます
それが「暇になりたいし、おもしろいことがしたい」ということでした。当たり前のことであり、誰もがそうありたいと思うでしょうが、リアルな体感とプロセスがないと腑には落ちないものです
そうでないと借りてきた言葉になり薄っぺらいものになります。サイトアフィリをやっていた時の僕なんてまさにそうでした。
資本主義の世界で「暇であり、おもしろいことをする」ためには学び、挑戦し、稼がなければいけません
僕の言葉にすると「いつでも何かを始めれる状態」にならないと資本主義世界ではブタです。家畜なのです
いつでも何かを始めれる状態とは、金と時間があり、挑戦するものを見つけられ、それをいつでも始めることができる状態です
資本主義で勝たないと土台無理な話なのです。
これは投資を始めてしばらくして気づいたことです
そして投資で稼いでも「金と時間があり、挑戦するものを見つけられ、それをいつでも始めることができる状態」にはなれないなと思いました
それは専業トレーダーを見ていればわかることで、彼らは投資はうまいですが、人間性は別に高くありません。乱れた生活のトレーダーや引きこもりになってる人は多いのです
金と時間は得れますが、人間性は投資では得れません
安定性という意味でも投資は不安がありますし、元手がないと大きく稼ぐこともできません。
そこでビジネスです
ビジネスは安定性と興味のある分野でやればおもしろさもありますし、なかなかに忍耐力や苦難を超えるというプロセスを要求されます
人を相手にするので人間を理解することも問われますし、人間力を磨くにはうってつけなのです
一方、投資は少ない労力で資産を大きく増やすことが可能であり、ビジネス+投資というのが資本主義の勝ち方の鉄板だと僕は考えたわけです。
そんなこんなで「ビジネスを1から学んで、起業し直す必要がある」と考えた矢先、タイミングよく加藤さんからオンラインスクールのオファーがありました
稼いでる人はよく「こんな人いないかな。と思ったら、近いうちにその人が目の前に現れる」とよく言います
オカルトとバカにする人も多いと思いますが、あれは事実です。彼らは縁を手繰り寄せます
人間力が上がると運が良くなるともよく言いますが、あれも論理的に説明可能です。長くなるのでここではしませんが。
悩んでいるタイミングで縁やチャンスが訪れると「騙されているのでは?」と疑ってしまうのが人ですが、そこで乗っかれるか?が分かれ目なのです。
情報発信で起業しなおす決意
加藤さんのオンラインスクールはビジネス全般を網羅しています。特にシステム化という概念を学ぶ意義は大きかったですね
1年半くらいで学びきり、あとは実践という段階になったのが2年ほど前。
起業のパターンは、高度専門職、サービス業、コーチ業、小売、インターネット活用系、製造、流通です
高度な専門知識を必要とせず、起業資金も必要のないものとなるとネットビジネスか小売である転売に限定されます。ネットビジネスに参入する人が多いのは当然のことなわけです
僕の場合は美容師という専門知識がありますが、すでに起業しておりかつ萎えているので選択肢は同じです
個人が起業するのであれば、転売かネットビジネスは鉄板の選択肢。加藤さんも基本的にはこの2つをススメています。
転売はすでに美容室経営していた僕に鞍替えするメリットがありません
となると必然的にネットビジネスになります。ネットビジネスというのは情報発信・コンテンツビジネスです
昔のようにアフィリエイトを肉体労働でやれば稼げた時代は終わっており、ブロガーと呼ばれる人も自分が書いた文章というコンテンツを売っているわけです
ネットで稼ぐとは自分のコンテンツを売ることとイコールです。そこをわかってない人が必死こいてアフィリとかブログやってもウンコな結果にしかならないのです。
ユニークであり、実績があり、憧れられ、その人の目指すものを見てみたい。これが情報発信・コンテンツビジネスのあるべき形です
それにはなにかを発信しなければいけないわけであり、その「なにか?」を見つけるのがこれまた大変なのです(笑)
「なにか?」がないまま発信してもよくて一発芸人、ほとんどの人は誰にも見てもらえない存在になるのです。
「なにか?」とはリアルタイムで作っていくしかない
必然的に情報発信で起業し直すしかないと悟ったわけですが、この「なにか?」が問題でした
自分はなにを言いたいんだろう?と問うてみるわけですが「正直良くわからないな」と思ったのが本音です。人様になにかを伝えるほど自分は密度の高い人生を送っていないんです
ここで悪手だな。と僕が思う問いが「自分にはなにが教えれるだろうか?」です
自分が人に教えれることが必ずしも自分のやりたいことではありません。僕で言うと、カットを極めよう!というメッセージを発し、情報発信することはできますが、もうカットに興味が持てないわけで(苦笑)
そして多くの人が「教える」となると陳腐なことになります
アフィリエイト教えますや、ブログ教えます的なことになり、なんともスケールを感じません。人生かけてやることですか?と。そんな姿を見てユニーク性、憧れ、その人の目指すものを見てみたいと思うでしょうか?
密度の高い人生を送っていないと、大したことも教えれないのは当たり前のことです。
そもそも教えるとは資本主義のブタを育てるだけです
1つのことを教えても人は成長しませんし、もっと教えてくれよブーブーと言ってブタは太るだけで、餌をくれなくなったら他にいってしまいます
僕は「そーいうことをしたいんじゃないよな」と思いました。
ユニーク性もない、実績もない、憧れられるような存在でもない、目指すものは自由になりたいという陳腐な言葉でしか言えない
そんな僕が言えることは「ユニークであれ、実績を出せ、憧れられろ」しかありません。
実力のない人間や情弱、自分の人生を自分で制御できない立場だとこの世の中は生きていくのがなかなかにキツイのは言うまでもないでしょう。それは皆さんもすでに感じているはずです
社畜やって疲弊して人生無駄にしたり、みみっちいビジネスや飽きたビジネスやりながらクダ巻いて将来の心配するくらいなら、脱情弱して自分で人生を選択できる実力をつけるべきです。
僕は学ぶことが好きなんですが、学びというのはすべての始まりだと思います。学び、稼いで、成長して、自分の人生にゆとりをもたせて選択する機会をふやしたいという思いがあります
これをストレートに短い言葉にすると「いつでもなにかを始めれる状態になろうぜ」ということです
僕が発信できる、したいことは現時点ではこれしかありません。情報発信とは過去のことではなく、現在の生き様を発信していくべきだと思っています
みんな過去のことを発信するんですよね、アフィリエイトでかせぎました!とか。そーいうのは羨ましいだけで憧れはしないですよ
現状が変われば発信内容も変わってしまいますが、それでいいんです。情報発信とは自分の人生をコンテンツ化することですから。
情報発信は芸人、人気商売ではない
情報発信は少し前までは一般的ではありませんでした。しかしインフルエンサーという言葉ができてからは一般化しています
しかし、マーケティングやビジネスを屋台骨に組み込まず、キャラでやっているケースが目立つようになってきました
ビジネスではなく、ユーチューバー的なノリでやってたら人気出ちゃってラッキー、後は数の暴力でフォロワーを維持しているみたいな状況が生まれてしまっています
情報発信をやってみよう。という人が情報を集めると、そういった人がいっぱい出てくるので情報発信とはそーいうものだという勘違いをしてしまう状態ではないかと。
事実SNSでは芸人的な意味でおもしろい人になるか、ブログでアドセンスするか、みたいな認識になっています。それが情報発信だと、個人で稼ぐとはこういうことだという雰囲気です
僕は古風な人間なのでそーいった軽いノリが嫌いで、だからTwitterも嫌いです(笑)
声の大きいやつが勝つ、クラスのジャイアン的存在が勝つ陽キャラマーケティングとでも言いますか、そーいうものは総じて中身が薄っぺらいのです
それを証明するかのように、インフルエンサーと呼ばれる人には熱狂的ファンは多くありませんし、わかりやすく稼ぐということで言うなら、○○さんにおかげで年収億超えました。というのはほぼ聞きません。
あくまで自分の人生を公表しているだけではいけないのです、他人の人生や価値観、世界にインパクトをガツンとパンチする。そんな骨太な存在にならなければ情報発信ではないと僕は考えます
一般化してくると陳腐化するのが世の常です
陳腐化と言うと悪意のある表現ですが、良い表現にすればインスタントやクイック、わかりやすさと言えますが、それは情弱思考なのです
もしあなたが情報発信に興味をもったのなら、その流れを生み出した本流をたどってみてください。どんな分野でも黎明期の方々というのは本質的です。年月が経って生き残っているのは事実彼らだけなのです。
和佐大輔さん、新田祐士さん、原田翔太さん、木坂健宣さん、加藤将太さんなどなど、僕もすべての方を知っているわけではありませんが、本流を知りたいのであれば彼らの情報にも触れてみてください
情報発信、コンテンツビジネスの本流的な人達は彼らだと僕は思います。僕が情報発信を知ったのは彼らからです、なのでヒナ鳥のごとく、フィルターがかかっているかもしれませんが間違いなく骨太な方々です。
これからの時代に生き残こるビジネス
話がそれてしまいましたが、戻しましょう
情報発信とは自分の人生をコンテンツ化することです。なのでその人生がつまらないもの、学びのないものであれば誰もその発信に感化されません
情報発信は常に学び、実践し、チャレンジしながらコンテンツを出していかなければいけません。
著名な画家であるピカソの言葉でこんなのがあります
「芸術とは悲しみと苦しみから生まれる」
情報発信もこれと同じで、心の葛藤を表現していくのです。自分はなにがしたいのか?どう生きたいのか?です
加えてユニークさや実績が必要になってきますし、経験値がないとコンテンツは生まれないわけです。
先程に書いたように芸人的なユニークさ、奇をてらったもので発信する人もいますがそれでは長続きしません。それはあくまで一発芸人なのです
それっていうのは上手く時代と型にはまれば楽に稼げますが、効率は悪いですしなにより運です。運に頼るのはビジネスではありません
学び、経験し、実践しながら生き、さらに他と比べた時に陳腐化しないユニークさが求められます
なんか忙しそうというか、難しさや安定とは程遠い印象があるかもしれませんがこれからの時代はこれが最も安定に近い状態だと思います。
事業の寿命はさらに短くなり(現時点で20年が3年になっています)人の価値観は多様化し、より流動的な社会になります
これらはもうすでに起こっていることですね。自覚がない方は情弱です
そんな時代で生き残れる、人生を楽しくデザインするには学びや経験、チャレンジできる人でなければいけません
じゃあ情報発信やればいいじゃない。というのは明白です。時代的であり、理にかなっているのです
AI時代の到来、外国人労働者により日本人の職が奪われるとか言いますけど、情報発信はこれから生き残る、メインになるビジネスモデルの1つなのは間違いありません。
ぐちゃぐちゃと書きましたが、これが僕が情報発信に行き着いた流れと葛藤です
わかりにくい部分もあったかもしれませんが、割と葛藤したのでそれを表現するとぐちゃぐちゃとした感じになってしまいました。それもリアルかなと思いますので、空気感というか生々しさを味として感じ取っていただければ幸いです
というわけで、僕はみなさんもビジネス学んで情報発信することを勧めます。だからこんなブログやっているわけです。
2極化の1つとして、これからの生き方は、
・低予算で無に生きる
・資本主義で勝って葛藤と脱皮を繰り返しながら生きる
この2択なのかなと思います。あなたはどう生きる?
こんにちは
ランキングから来ました。
AIに負けないような仕事をすることがこれからも成功していくことでは
大事ですね。
AIには勝てないし勝負するという発想が間違いですね
こんにちは。ランキングから来ました。おっしゃる通りです。こちらから求めるのではなく、人、モノ、カネが向こうから寄ってくるようにならないとダメな世の中になりました。情報発信力、人が求める情報を有していることが必要だと気付き始めました。「個人のブランド力」と聞かれるようになってだいぶ経ちました。「では」というと自分にブランド力がないので今から勉強を始めようとしていたところでした。
こんにちは!ランキングから来ました。
情報発信について、改めて考えさせられました。
私も、いろいろ学んで発信しなくゃ…ビジネスを学ばないとこれから大変になるかもですね。
参考になりました。ありがとうございました。
こんにちは。
いつも心に刺さる記事ありがとうございます。
変化が激しい時代で生き抜くために、常に学び、実践し、チャレンジしながら情報発信する必要がありますね。
日々自分を磨いて進化させないと!